[はじめに]
今週の4月2日(木)〜4月12日(日)まで、大阪のアートスペース「デラハジリ」で「各々が回れ」という展示が行われる。
実は本展示の前段には、2025年10月25日(土)〜12月7日(日)にProject Space haziで行われていたグループ企画展「全ての月を分かち合わないという楽園」という展示があった。「各々が回れ」は、その展示のブラッシュアップした展示となる。
この展示についての振り返りを3月17日に、参加メンバーである企画の大野高輝、協力の下浦萌香、そして作家の平岡真生、松原元、そして広報の森田健の5人で行った。
水面化では2025年の4月ごろからミーティングが始まっており、半年以上かけて動いていたこの企画。もう全体を通すと1年を迎えようとしている。形を変えて新しい展示に変わるが、一体あの展示はなんだったのか。そして「各々が回れ」で実現することは何か。
超シンプルにいうと、「分かち合わない」というのが大きなテーマ。それを体現するかのように、「各々らしく」分かち合わないことも多かった。
今回は、前回B面の広報を行っていた森田が、今回は表向きの広報にも少し関わって進行をしながら展示について掘り下げて行った。
展示「各々が回れ」は、どこに向かうのか。
グループ展ならではの紆余曲折を、今回は展示のコンセプト的にも、そのままの形でリアルに公開してみる。やや長いかもしれないが、前回の展示を見た方も、今回の展示をこれから見る方も、よければしばらくお付き合い願いたい。
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-目次-
1.《展示の始まり》
2.《ミーティングから展示するまでのそれぞれの所感》
3.《振り返ってみて》
4.《我々はどこへいくのか》
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[登場人物]
・大野高輝:本企画の担当。愛知県岩倉市にあるProject Space hazi を運営。
・下浦萌香:大阪・土師ノ里エリアにあるアーティスト・ラン・スペース「デラハジリ」を運営しつつ、アーティストとしても活動。今回は協力という形で展示に参加。
・森田健:新聞を発行するなど「森田新聞社」という肩書きとして活動。今回は展示でブログサイトの運営に加えて全体の「広報」に関わる。
・松原元:大阪在住のアーティスト。今回もアーティストとして参加。
・平岡真生:兵庫在住のアーティスト。今年、名古屋芸術大学大学院を卒業。今回もアーティストとして参加。
・大野高輝:本企画の担当。愛知県岩倉市にあるProject Space hazi を運営。
・下浦萌香:大阪・土師ノ里エリアにあるアーティスト・ラン・スペース「デラハジリ」を運営しつつ、アーティストとしても活動。今回は協力という形で展示に参加。
・森田健:新聞を発行するなど「森田新聞社」という肩書きとして活動。今回は展示でブログサイトの運営に加えて全体の「広報」に関わる。
・松原元:大阪在住のアーティスト。今回もアーティストとして参加。
・平岡真生:兵庫在住のアーティスト。今年、名古屋芸術大学大学院を卒業。今回もアーティストとして参加。
1.《展示の始まり》
まずは、改めて大野に前回の展示「すべての月を分かち合わないという楽園」の企画概要を聞いた。
-分かち合わないということが大きなテーマとして展示の軸があったと思うのですが、きっかけを教えてください。
大野「人と一緒にいることってどういうことなんだろうね、っていうのが多分1番最初の動機として1番強かったと思いますね。去年一年間、割と正直に話すとスペース(Project Space hazi)を続けるかどうかという問題を、割と自分事として考えてたところがあって、3年ほど続けてはいるが、かなり自分の時間を使いつつ、他の人に奉仕をしつつ、自分の生活を削りつつみたいなことって、一体何が起こるんだっけ?この後が分からなくなってたところがあったと思う。その中で寄り添えなかったこともあり、人を怒らせるみたいなことってもう誰かと関わっていると起こるから、寄り添わずにいられることってないんだろうか、みたいなのは多分思っていたんだと思う。」
-で、この4人に声をかけたという。1人1人なぜ声かけたのか聞いていいですか?
大野「みんな、一応に寄り添ってない気がして。寄り添いがうまいけど、限定的に見ればみるほど…。森田君は自分でイベントを起こして人を巻き込むけれど、イベントの入り口は時にいびつで入りづらさもある。でもそのいびつな入り口に魅力を感じるみたいなのが不思議だなと。かつそれを誰かと共有したいみたいなのもって。それでいうと、下浦さんもそういう意味でとても地域と溶け込んでいるようにも見えるけど、溶け込んでいないようにも見える。現代アートを街の中でやるってなった時に、普段そこまで受容されない気がするんだけど、なぜかデラハジリの周りで成立しているのって、すごい不思議で。それはノーマルなことではなくて、その土地の特殊性がそうさせているところもあるんだろうなとか、そこで育まれた下浦さんの感性や元々の行動力が可能にしてるところもあるんだろう。
平岡さん・松原さんの作品も、作品を言語化するのはすごく難しいけど。
松原元さんの作品は、誰かが敷いた境界線をフィジカルに超えていこうみたいなのをすごく感じて。平岡さんは割と長く話す時間が去年あって。平岡さんに対しては人とワイワイするタイプじゃないのになにか人とシェアしたいみたいな気持ちが強くあるのは不思議だなっていうのはまずパーソナリティとしては思って。松原さんは逆になんか最初ちらっと会った時にすごく人と話すのが上手な人だけど、作品はむしろ自分との対話みたいな感じもあって。
-平岡さんは境界線をテーマに前回も作品を作ったりとかしていて。
「確かに。どっちも境界線とか他者とか誰かが引いたラインを乗り越えたり克服したり、それをどう考えるかみたいな取り組みをしているから、2人が同じ空間で作品を展開するっていうのは意義があるんじゃないかなという気がして声をかけたところはあります。」
-で、もう一つは展示のアプローチの仕方を工夫する、ということで、僕が広報をしたりとか。展示の新しい提示の仕方をするみたいな目論みがあったと思うんですけど、それはどういう思いで始まったんですか?
大野「展覧会って分かち合うためのフォーマットな気がして、誰かに何かをプレゼンテーションする場所であると思うから、それって何かを分かちあうことなのかな、とか。自分が考えてることをこの時代でやらなきゃいけないと思われていることを提示する場所、それを誰かに届ける場所みたいな。なんか、そこに「分かりづらさ」があってもいいだろうみたいな。
「分かち合わない」っていうのを1個前提としてるから、全てをクリアにするのではなく分かりづらさがあるといいなみたいなのを思って。イベントだったり広報だったりいわゆるオーソドックスに展覧会を作る上で考える作法があるようなものを、ちょっとずつずらしていけたらいいなと思って、アーティストっていう人間だけじゃなくてデザイナー(森田)だったり場所運営してる人(下浦)に声をかけたっていうのもあります。」
2.《ミーティングから展示するまでのそれぞれの所感》
さて、そんなわけでとてつもなく大きなテーマを掲げられ、haziの大野さんに挑まれた私たちである。
企画は始まり、展示に向けて、4月ごろから数ヶ月オンラインで月一・月二程度で対話を重ねた。
私の印象としては最初はその対話がお互いの考えてることを共する場だと思っていたのだが、割とみんなでアイデアを出しながら展示を作っていく打ち合わせにシフトチェンジしていった印象がある。それが正しいかどうかはさておき、少なからずそういうメンバーになり、大野さんが呼びかけ人でなんか全員でどうこの展示を成立させるかっていう感じになっていった。
そしてその形でできたのが今回のhaziの展示「すべての月を分かち合わないという楽園」であり、これから挑もうとしてるのがデラハジリの「各々が回れ」である。
ここからは1人ずつ各々がどういう形で取り組んでいったか、どう関わったのかを聞いていった。
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下浦「そもそもこの展示自体は、大野さんが京都芸術センターの公募に出すということで、イベントの協力者として声をかけていただいたのが始まりでした。でも落ちてしまったと聞いた時に、せっかくの企画がもったいないなと思って、『デラハジリでやりませんか?』と大野さんに声をかけたのが最初だったんですよね。
その時のモチベーションや動機を今あらためて振り返ると、自分自身がデラハジリというスペースを運営していく中で、『いかに個人として、自分の興味関心のあるアーティストにフルでサポートできるか』という関心があって運営している部分もあったと思います。ただ、キュレーションに関してはまだまだスキルも足りないし、そこは十分にサポートしきれていないという感覚もありました。
当時は、大野さんがコーディネート的なお仕事もされているし、今後キュレーションもしていきたいという話も聞いていたので、勉強したいと思ったんですよね。それで声をかけさせてもらったし、ミーティングに参加していた動機としても、『学びたい』という気持ちが大きかったと思います。
自分がこれから身につけていきたいスキル、特に広報的な部分には興味関心が高かったので、スペース運営にあたって、見えないタスクのサポートを自分の方でできたらいいなと思いながら、最初はミーティングに参加していました。
ただ、2025年度は本当に忙しくて、2024年に種まきしたことが一気に花開いたような状況で、気持ちの余裕もなかったんです。大野さんが提案してくれたイベントについても全然答えられなくて、それは忙しいからというより、自分の中で『どういう条件でイベントをやりたいのか』という整理ができていなかったからだと思います。
ミーティングの中盤は、大野さんとずっと『このイベント、やってくれませんか?』『できません』という押し合いみたいな状態になってしまっていて、ちゃんとミーティングとして成立していたのかな、という気持ちもありました。お互いに分からない状態になっていたような気もしています。
ただ、その合間にみなさんがデラハジリに来てくれたり、森田さんが取材に来てくれたりして、分からないなりに時間をかけて関わっていく中で、自分の中でも少しずつ受け入れられる部分が出てきたんですよね。
結果的には、haziでの展示のタイミングでは自分なりの落としどころは見つからなかったし、分かりきれていないまま名前を入れてもらった、という感覚もあります。
でも『デラハジリでアップデートしてやりましょう』となった時に、自分なりの関わり方がはっきりして、やっと噛み合った感じがして、落としどころが見つかったんですよね。
それも、haziでの展示に向けてのリサーチや、森田さんが取材に来てくれたことが大きかったと思います。森田さんが丁寧に言語化して説明してくれたことで、より噛み合った感じがありました。だから、紆余曲折したプロセスも無駄じゃなかったなと思っています。
-展示の印象についてはどうでしたか?
下浦「これまでのミーティングやプロセスをいったん抜きにして見ると、私はすごく面白いなと思って見ていました。不思議だし、作品の配置のバランスとか、森田さんも含めた三人の作品の関係性とか、『これは一体何なんだろう』と思いながら見ていて、可能性を感じました。
ただ、これはスペース運営者としての目線が強く入っているのかもしれないんですが、『面白そう』『これはどういうことだろう?』と興味を持った瞬間に、そこからもう一段深く知るための導線があまりなかったな、というのは少し残念でした。(注釈:後日、展示会期中に大野さんによる作品解説テキストが掲示されました。)
例えば、大野さんが在廊していて話が聞けるとか、作家が在廊していて作品について聞ける、というだけでも良いとは思うんですが、実際には毎日いるわけではないので、『これはどういうことだろう?』と思った時に、何も知らない人が在廊していると、『私も分からないですね』となってしまう。その環境が本当に良かったのかな、というのは少し考えました。
分かり合えていないこと自体を肯定的に捉えている展示ではあったと思うんですが、それにしても分からないことが多すぎて、鑑賞者の記憶にどこまで残るのか、どこまで刺激を与えられたのか、という点については少し疑問もありました。
でも、森田さんと元さんと平岡さんの作品が出会っている感じは、すごく面白かったです。見られてよかったなと思ったし、見に行った時にちょうど元さんがいて、ゆっくり1対1で話せたんですよね。オンラインで話していた時とは全然印象が違っていて、ああ、こんなに違うんだなと思いました。
ずっと元さんのことは分からないなと思っていたんですが、その時に、ある意味で『いい分からなさだな』と思えたのは良かったなと思っています。」
-(笑)。
松原「ミーティングしすぎかなって思ったんですけど、僕、個人制作だけじゃなくてコレクティブとしての制作もやってて、コレクティブの制作の中ではものすごい時間のミーティングを今まで重ねてきたので、ま、これぐらいのミーティングは全然あるなっていう気持ちやったんですよね。で、そういう話を友達とかにするとミーティングしすぎやろうって結構言われることがあって。
ミーティングしても、できることはできるけどできひんことはできひんみたいな気持ちも確かに分かるなっていうところもあって。ただ、まあ今回の展示に関しては、テーマ的にも、分かち合わないみたいなことが1つ大きなキーワードとして上がってたんで、話しながら進めていくのかなっていうのは疑わずにやってたって感じはありますかね。
ミーティングを重ねていっても、展示の、特に大野さんが最初に頂いたコンセプトに関しての解像度は結局、そこまで飛躍的に上がることはなく。結構分からんなって思いながら作品制作進めていったってところはあって。
で、新作作らなくていいよって言われてたのに、新作を作りたいっていうちょっとわがまを言わせていただいて、本当にコンセプトに対するアンサーの難しいあの制作になったんで。結構焦ってましたねずっと自分の中では。 なので平岡さんも新作作ってらっしゃったと思うんですけど、平岡さんとか僕が新作を作るってなっていなかったら多分ミーティングあそこまでアグレッシブにはやってなかったんじゃないかなとかは思う。コンセプト的にもなんかこうすっげえ長い企画書見せられて、こう本当に疑わずに結構長い話し合いをしていきながら作っていくんだろうなっていうのは思ってたところではありますかね。」
-展示の搬入して見た時どうでした?
松原「正直、やりたかったこととか、思い描いてた理想みたいなものとかそういうものを超えてくる感じは正直なくて、大野さんの期待とか皆さんが思ってたようなものとどれぐらい乖離があったのかはちょっと僕も気になるところではあるんですけど。」
僕もぶっちゃけ、大野さんのコンセプト文に賛同して参加したわけでもないし、その辺のモチベーションは実は元々僕の中にあったわけじゃなくて、すごい浅かな理由で、大阪以外の愛知県って自分 が行ったことのないエリアで同世代の人に展示誘ってもらうって経験がなかったんで、自分の経験の1つとしてチャレンジしてみたいなっていうところが正直参加した1番の理由で。そこはもう本当に楽しませてもらったんで感謝ですね。愛知県を走り回れたのはすごい幸せやったなっていうのはすごいあって。できる限り愛知県に行って、見れるもん見ておくというのは叶えられたのでありがたいなっていう気持ちと、それが今後の自分の制作の糧になればいいなっていう気持ち。
でも自分の作品に対してもそうだし、展示全体の方向性や軸みたいなものに対しても、本当にアップデートしていかないといけないものと、ちょっと根本的に変化を受け入れないといけないみたいなところが見え隠れしたかな、っていうのはあって。
僕自身は、作品制作にやっぱり話した内容が確実に影響してるのは間違いなくて。ただ話した内容が僕は大野さんにどれぐらい届いてるんやろかっていうのが1番気になってて。こう話した内容が大野さんにどれぐらい響いて、それがどれぐらい大野さんの展示のスキームに影響を与えているんだろうかってのは、なんか気にしてましたね、結構。」
大野 「まじですか ?」
松原「展示のコンセプトをねじまげてやろうぐらいの気持ちもちょっとあったんで。うん。でも 大野さんは頑なに変えなかったなってのは思ったんですよね。」
-コレティコレクティブは今までやっていて、という話があったんですけど、僕ちょっとアートの解像度が低いのであえて質問するのですが、元さんにとってのコレクティブとグループの取り組み方の違いって何なんですか?
松原「僕は正直そこの大きな違いは、えっと、今回の展示に関してはあまりないような気はしてたんですよね。でも確かに言われてみたらなんでそう思ってたんだろうなとは思うんですが、いわゆるグループ展とか、フェスティバル形式の芸術祭みたいなものって、召集されたアーティストは純粋に作品を搬入して展示するみたいな。で、そこに展示のコンセプトが肉付けされていくっていうのは印象としてあって。今回はなんでなんすかね ?結構その企画書を見た時に、ゼロから作っていくぞっていう感覚がすごいなんか見えた気がして。
大野さん自身もすごく思ってることとかやりたいことがあるんだろうなって思う一方で、すごいどうしたらいいのか分からなさみたいなものとか解像度の低さみたいなのもやっぱりテキストの中に現れていて、これをみんなで考えていきたいみたいな部分を僕は読み取ってたような気はしてて。なんかどうしていったらええんやろね、みたいな雰囲気でなんかミーティングが行われてた感じ。なんかこう決まったことを伝えられるわけではなく、その船の舵を全員が握らせされてるような感じっていうのはまああって、百戦連磨の中堅アーティストがいるわけでもないこととか、森田さんみたいにアートみたいな文脈であんまりやってきてないですみたいな人がこう参加しているみたいなところとか、こう全員にそのすごい余白が大きい状態で始まってたっていうところとか振り返れますね」
平岡「一般的な展示だったら企画があってそのテーマに急ぐような作品を作家が考えてきて持っていって展示するみたいな感じだと思うんですけど、
今回の展示は、一応テーマというかそのタイトルみたいなのがあって、一応コンセプトはあったんですけど、ま、0から参加者みんなで作るっていうのが、高校の時の文化祭みたいなのをなんか思い出しました。いろんな人と1つのものを成し遂げていくみたいなのが、え、なんかすごい懐かしい感じと、改めて作る人と一緒に何か作るみたいなのってめっちゃ難しいなっていうのを、なんか改めて感じました。」
-確かに!文化祭。
平岡「大野さんが集めてくださったメンバーで初めましてもの人もいたり、活動拠点が違う人とかがいて、そこでミーティングを重ねていって。うん。あんまり分かちあってないなって思うことが多かったんですけども、haziで展示するみたいなのに近づいていくごとに、その分かち合わない部分を本当に何度もなんか反復してなんか話すことで、ちょっとはみんなが分かちあってるっていうか、なんか協力し合えてるみたいなって思いました。」
-うん。文化祭だからやっぱり。
平岡「haziの展示の感想は、私は大学院の修了制作を1度展示してみる機会で、それを修了制作でも持っていこうと思って作ったので、私の作品だけで言うと1度展示してみることの重要さというか、今考えてることを1回物にしてみて展示するみたいなことで何が足りてないなとか、次にしないといけないことが見えてきて、すごいやって良かったなって思ってます。」
元さんが言っていた、自分の想定を超えなかったみたいなのは、私も一緒だなっと思いました。
でも、その全然まとまらず何がやりたかったんだろうみたいなのでもなくて、すごい綺麗に整理整頓されたみたいな。ミーティングで言ってたみんなの意見が一旦形になって展示されたみたいな印象です。」
森田「僕はちょっと特殊な感じで最初に大野さんから声をかけられていて。アーティストとして参加してもらうんだけど、広報としても参加して欲しいっていう変な声のかけられ方で。アート的にはhaziの近くの場七っていうところでメンバーで活動しているし、自分もバリバリデザインをしているだけの人間じゃなかったから、アートっていう場に挑む機会としても自分の候補のポテンシャルをどれだけ形にできるかっていう機会としてもチャンスかなと思って参加しました。で、ミーティングを繰り返していく中で、元々やっぱデザイン畑でずっとやってきたっていうのもあって、今回分かちあわないっていうテーマをどう積み上げていき1つのものを作っていくかみたいなことを、ミーティングを企画の大野さんが主導のもとでやっていくって思ってたんですけど、 なんかどうやら違うらしくて、すごくそれに戸惑ってました。
で自分がその中で何ができるかっていうことの前に、その趣旨を僕なりに見出したかったので、それは何なんだろうかっていうのをずっと考えてたんですけどそれが難しくて。
だけど広報をちょっと早めに仕掛けなければっていうのもあったので、広報をするということは企画を最も理解しないとできない行為だから、半分企画者にも回らないといけないなとか。じゃ、大野さんて何なんだみたいに思ってきて、大野さんは企画者なのかみたいな疑問が生まれ、正直イライラしていた時もあったし、長文LINEをめっちゃ送った時もあるし。で、僕なりに、大野さんとはかなり対話を話重ねた上で3・4転して結果的に生まれたコンテンツが、ホームページを作るっていうところに落ち着いたっていう感じですね。
なので戸惑いが結構多かったっていうのは正直ありましたね。僕も、ミーティングの関わり方として、広報をする上で企画者的な視点をもう持たないといけないっていう意識もあったんで、そういうマインドで参加していました。
元さんの話を聞いて答え合わせになったんですけど、なんかすごく元さんが食い気味で参加してくれていることに驚いたりもしていました。僕はいや、大野さんもっとそこはなんか大野さんが考える部分じゃんとかいう瞬間たくさんあったんですけど、元さんがそのマインドで来たから、あ、じゃあそういう感じなのかもしれないみたいな、このチームはそういう風なのかもしれないみたいな納得もあってっていう感じですね。
展示を鑑賞した感想は、自分としては広報をしていくと言いながらも十分にできていなかったっていう反省はだいぶあって、ブログの更新がそんなにできていないので、最初は全員分記事を書いてから展示をスタートさせるみたいなのはしてたんですけど、ホームページの構築にいっぱいいっぱいだったので。更新も続けてやれなかったのでそこは反省しています。
ただホームページを作れたことは自分にとってものすごくでかい一歩だったので、僕今までプログラミングを書いたことすらなかったんですけど、チャット GPTと壁打ちしながらここまで作れたなっていうのは、めちゃくちゃでかかったし、平成のインターネットカルチャーみたいなものへの興味が出たのもこのタイミングだったんで、それはすごく良かったですね。」
場作りとしてもうちょっとなんか分かち合わないっていうものを疑似的に体験できるようななんか1つの何かまとまりみたいなものをもうちょっと作れたら良かったなって思います。全部の作品が すごく間接的な提示の仕方をしているので。その役割はもっと自分がやった方が良かったんじゃないか広報的に?、みたいなことを思いつつ。でも分かち合わないっていうコンセプトだからそれはやりすぎない方が良いのか?とか。アートの展示難しいな。これは僕の実力的な話でもあるし、グループ展としても難しいと思いました。
ただ、僕はなんかすごく大野さんの最初もらったコンセプト分に結構共感した部分はあって、自分のことが書いてるなとか思ったりもしたので、そのコンセプトへの違和感はあんまりなくて、僕はこう持っている、こういう考え方をしているけど他の人はどう思ってんだろうみたいなのを、もうちょっと知りたかったっていうのはありますね。」
松原: じゃあやっぱみんなもっとぐちゃぐちゃになるのをどこかで望んでたんや。」
森田「そうですね。なんかそうです。結果的にはぐしゃぐしゃになるよね。結果的には心の中はぐしゃぐしゃだった気がするけど展示はすっきりしていたので。ま、だから展示がすっきりしていることがいいのか悪いのかみたいなのあるって思うんですけど。 でもあのただすごく希望としてデラハジリがあるっていうのは希望でした。期間も伸びてそこでもう1度試せるっていうのはなんか、このコンセプト的にはなんか必要な機会だなと思いました。」
3.《振り返ってみて》
-大野さん、振り返ってみてどうですか?
大野「なんか僕自身多分チームを有機的に作ろうとする癖があって。ルールは最低限でやりたいことはあるけど別にそれがやれなくてもいいと思っていて、
多分それが土台であるから僕は結構途中で変えたつもりもあったし。これだと迷走するみたいなので揺り戻したりとか、でも多分今までの自分だったらこんなに揺れることはなかったなと思うので、かなり揺れた時間ではあった気がする。
こんだけ混乱を招くんだったらやっぱりある程度のそのルール、具体的なルールみたいなのを最初に提示しておくべきだったし、でもなんかそれを僕が提示できるほどの力が足りてなかったから、重荷をかけてしまった部分もあっただろうし、でもその風化がよくも作用した瞬間もあって、それはでも偶発的で関わってくれた人の努力が必ず必要なものになってくるから、そればかりに期待するのはとても罪なことだと思う。良くないことだとも思うからそこら辺もっとちゃんとデザインしないといけないなみたいな。
元さんに色々お任せしたしちゃえばよかったし下浦さん、平岡さん、森田君にお任せしちゃう部分があっても良かっただろうけど、でもなんか森田君が担ってくれてた部分は僕の中ではすごく大きかったし、それは他の3人にも言えることで。自分の考え方がするっと相手に意見が通るみたいなことばかりがそうじゃないはずで、この人は何を大事にしてるんだろうかってのをもっと時間かけて知らないといけなかったな。森田くんがそうしてたようにっていう反省だったりとかありますね。」
森田「それで言うと、僕、広報企画として「分かち合わない」っていうのから派生して嫌いなものを、大野さん含めた4人にインタビューして1個1個企画をして、それを記事にするっていう形で参加者全員と関わる時間があって、なんかそれはすごく有意義だったし、その展示僕にとって展示を迷子にしないための機能になっていて。参加者との関わり方がすごく有意義だったなと思っています。下浦さんが、良かったみたいなこと言ってくれた瞬間もあって、ま、それは僕が機能していていたなら良かったかなって思っているし、平岡さんとはマブダチになれたしっていうのもあって、色々とそれぞれ良かったですね。」
松原:「うん。いや、森田さんすげえポジション良かったなって僕は結構思ってて、ありがたかった。救われた部分が結構あったなと思ってて。僕は結構大野さんにバトル仕掛けてたんで、なんか結構大野さんを、部分的にちょっと追い詰めてた部分もあったんで、あの、森田さんが実はその大野さんに変わって全体を見てた部分とかは絶対あって。
で、なんかこう本当に純粋に森田さんは、知りたいと思ったこととか分からないと思ったことを純粋に投げかけてくれるから、こっちも結構純粋にそれに対して答えないといけないみたいな。 レスポンスが結構駆動力にあった部分はあったような気がしていますね。
でも僕はもっとみんな食い気味できてもいいのになって思いながらやってましたね。このままやと自分がなんか暴れ馬みたいになるぞとか思いながら。でもなんか僕多分このミーティングの序盤にも多分言ったと思うんですけど、基本的に結構グループってどこかでバトルみたいなものがあるような気はしてるんで、こっちが真剣に考えてる上で相手の真剣度合がどれぐらいなのかみたいなのもやっぱどうしても知りたくなっちゃうし。その知りたいっていう気持ちが、いいものだとはあんまり思ってはないんですけど、知りたくなっちゃうよっていうのはどうしても出てきちゃって。」
森田「いや、でもなんか今までの話を聞いて、僕やっぱり役割ごとにやるのが正解だろうと思ってたんですけど、大野さんのスタンスと元さんの食い気味のスタンスがなんか混じって進んでいる感じ?いや、ようやく今腑に落ちているんですね、僕は。最初からそうだったんだって今聞いて落ちたところもあるんですけど。ある意味面白い感じの展開になっているなっていうか。」
松原「そうなんすか。」
下浦「逆に私はあまり行かないようにしていたなと思います。私はスペース運営者という立場もあるし、結局この展覧会企画は大野さんのもの。役割を奪ってしまうような感じにならないよう、自分を自制させながら関わっていた。だから、もっと食い気味に行ったらいいのにな、という話を聞いて、どう立ち回ればよかったのか改めて考えました。」
森田「それはあの最初の大野さんの期待と下浦さんの思いがずれたっていうのから始まっているので。第二弾の今回の展示でデラハジリが展示場所になるので関わり方がまた変わってくるのかなと思うので。まあ、それぞれの関わり方の形態があったかと思います。」
松原「展覧会の、まあ最終的なこう立ち上がり方がどうなるのかってのは、すごい気になるところで、やっぱりそういう立ち上がり方と展覧会の核になってくるコンセプトみたいなものがこうバチっと噛み合えば展覧会としての厚みはすごい出てきそうな気はしてて、頑張っていきたいなって思いますね。(大野さんに向けて)アドバイスとかではないですよ。アドバイスしてるわけじゃないですよ。」
4.《我々はどこへいくのか》
森田「えっと、haziの展示で現状が出たと思うんですけど、大野さん的にはどうすれば良かったかというか、今その現状でできるできないことが出てきて、現実はこういうことができるのかなみたいな、現実を見た上で、 なんかあるんですか?」
大野「ああー、例えば平岡さん、元さんの作品どう同居させるかみたいな話を、1回3人でしてみたいな。元さんの方が設営経験豊富で場所を作る建築に携わってるからそれもちろんあるし、そういう知験をちょっと入れてもらうみたいなとか。じゃあ下浦さん森田君となんかその広報についてどう考えたらいいか相談させてもらうみたいな。
なんかついついやっちゃいがちなので僕も1人で何でも。でもそれはなかなか無理な話で、そうならないようにしたいみたいなのはありますね。でも僕はとってもいい展覧会だったと思っていて、haziでやった展示が綺麗にまとまっていたのもなんだろう。それぞれのスキルあってのことだっただろうし、ま、偶発的であれ、そこで2・3本勝手にイベントさせてもらって、ここに人がたくさん来て、また面白おかしい空間になってたみたいな。すごい良かったなと思っているので。僕としてはかなり満足は高くいるつもりで。」
森田「一個聞いておきたいのですが、初めは展示に複雑さを取り入れるって話をしてたと思うんですけど、その複雑さっていうのはどのぐらい実現できたと思うんですか?今回の展示で。大野さんのイメージしている、当初のイメージって「なんか多様性だよね。」で、終わらなくて、その場で「いや、でもああだから本当はああでさ」とか「キャンセルカルチャーみたいなのがあるけどなんかそもそもキャンセルキャンセルしすぎるのってどうなの」みたいなこととか、一旦そういう分かりやすい何かを疑って、そこで対話が生まれることによって意味も生まれるような気がしていて。そういう構造の複雑さなのではとか思ったりしていて。もうちょっとその見せ方として綺麗な複雑さの提示ができたんじゃないかとは思ってて。
うーんと、僕の広報が複雑じゃないといけないような気がしていて。少なくとも僕の広報は「いや、そうじゃなくて」みたいなポジションになるべきで。一旦その単純なものに対してのカウンターとしての複雑さを提示するには、動線がいるんじゃないかと。その上で展示在廊している人がいることで対話が生まれたりとか、そういう空間が生まれるんじゃないかって思って。さっき下浦さんが言ってたもう1段階見たかったっていうのはそれなのかなって思ったんですけど。」
大野「うん。うん。確かにね。でも、まあ用意したかったけど。複雑にね。なんかそこに鑑賞者がそれぞれ自分でフィルターを作ってみるみたいなのを、お願いして一緒にキャプションを作るっていうワークショップだったりとか。
逆に届きづらくなる可能性があるみたいなことだったりとかで、ま、ちょっと複雑になるぐらいの感じかもしんないけど。今できる範囲でなんか少し複雑にしてみるみたいなそんな印象だったか。」
森田「そうですね。僕もやっぱ、キャプシャン読んだ上で、下浦さん似たようなことは思ってはいったので。こんだけ対応話重ねたからにはやっぱりそれだけ鑑賞者にも時間をかけてみて欲しいし。それを僕の広報以外が担えるのかどうなのかは気になります。イベントなのか、キュレーションそのものなのか。」
大野「あ、なるほど。なんかそこに明確に線引きは申し訳ないけど(前回の展示では)用意できてなくて、むしろなんかそこに線引きがないことの方が面白いのかもしれないなとも思ってるんだけど。同じことを僕と森田君がやっててもいい気がしてて、でもなんか同じものだけど僕はこっち側から見てるし、森の森田君はこっち側から見てるみたいななんかそういうことが起こるだろうから同じにならないみたいななんかそういう面白さはあるんじゃないかなみたいな気はする。だからなんか僕が書くアーティストの説明文はこうなるけど、森田君がやるアーティスト深掘りは一緒にカラオケ行くっていうことになるみたいな。なんかそういう感じが僕はすごい面白いなって。」
森田「全然正解じゃないかもなんですけど、大野さんも僕ぐらいのボリュームでテキストを書いてもいいのではとかよぎりますね。」
大野「ま、それはそうだね。確かにそうね。」
森田「シンプルになんかこれだと足りてない。僕のなんか圧倒的な平岡さんとのカラオケの深掘りが、キャプションでは対応できてないというか。」
大野「そうね。そうするとでも展示として見づらくなっちゃうから難しいなと思って。元さんとリサーチして永遠に高速乗れない時間とかすごい面白かったけど」
下浦「デラハジリでは、長すぎるテキストもありかも。ZINEとして発行するとか。いずれにしても、来場者が作家や作品と対話できる場をつくることが重要だと思います。」
森田「まああるいは普通のキャプションががあってもっと深ぼれるように二段構えにしとくみたいな」
大野「確かにそれはあるかも。」
下浦:「めちゃくちゃ適当なことを言いますけど、大野さん、ZINEを作ってみたらどうですか?あるオルタナティブスペースでは、コピー機でどんどん刷って100円で販売し、その売上で制作費をまかなったという話を聞いたことがあります。」
大野「 あーそうね。確かに100円、200円ぐらいね、作ってもいいかもしれない。」
下浦「やはり、来てくれる鑑賞者が自分ごととして作家や展示作品と対話できるかどうかが、この展覧会にとって重要だと思います。もちろん、作家さんが常に在廊して対話できるのが一番だとは思いますが、グループ展ではそれが難しい場合もありますし、そもそも現代アート自体が難しく複雑だと思われがちな領域です。だからこそ、複雑さのある展示を提案したときに、どうやって鑑賞者を誘導するかは少し考えています。ただ、長くなっても構わないので、大野さんのパッションをそのままぶつけてもらえれば、意外と鑑賞者に響くかもしれない、とも思います。」
大野「まあね、なんか展覧会のマップとかでいっぱいテキスト書いてあるとむしろ嬉しいみたいなのもあったりして。読み応えあるなみたいな。それは広報にもなるかもしれない。」
森田「なんかやるならちゃんと本とかの方がいいな」
大野「そうだよね。なんかhaziで刷って、本にして、……」
……てなわけで、「各々で回れ」では、本キャプションにあたる冊子および音声のコンテンツを導入することとした。
また、森田はA面/B面と分けていた広報の垣根を取っ払い、広報担当として動くこととなった。
さらに、松原元によるイベントも計画し、より有機的な展示となることを試みてみる。
「分かち合わない」ということは、叙述的なレトリックとしての印象と同様にやはり難しく飽和していきがちであるが、この巨大な問いに紆余曲折しながらこの5人で向き合っていく。
展示、乞うご期待。
(このテキストは、2026年3月17日に行ったミーティングを再編集し、記事としてまとめたものです。)